映画「ハドソン川の奇跡」に学ぶ意思決定論

映画「ハドソン川の奇跡」はクリントンイーストウッド監督による2009年に起こったUSエアウェイズ1549便不時着水事故をテーマにした作品です。主役のチェズレイ・サレンバーガー機長を演じるのは名優、トム・ハンクス

ハドソン川の奇跡(字幕版)

ハドソン川の奇跡(字幕版)

  • 発売日: 2016/12/22
  • メディア: Prime Video
 

 当時のニュース映像を覚えている方も多いのではないでしょうか。USエアウェイズ1549便はニューヨークのラガーディア空港を離陸した直後、バードストライクによりエンジンが故障、高度が低すぎたため空港に引き返すのは不可能と判断したサレンバーガー機長はハドソン川への緊急着水を成功させます。1人の死者を出すこともなく、全員が奇跡の生還を果たしました。

作中では事故の発生から救出、そして国家安全運輸委員会(NTSB)の事故調査委員会による公聴会までをリアルに描きます。着水に至る一連のシーンは緊迫的で、救出劇も感動的なのですが、公聴会もなかなか見ものでした。

公聴会で問題にされたのは、サレンバーガー機長は本当はラガーディア空港に戻れたのに、ハドソン川への緊急着水というリスクを取り、乗客を危険に晒したのではないか、という点でした。実際に事故調査委員会によるフライトシミュレーションではバードストライク直後にラガーディア空港へ引き返していた場合は、無事に着陸ができていたそうです。

しかしシミュレーションと現実は違います。現実の世界では、バードストライクを認識してから損傷度をチェックし、管制塔ともコミュニケーションを取り、打ち手の意思決定をする「時間」が必要となります。1つでもミスをすれば、自分の命はおろか、同僚や乗客の命を奪ってしまうという極限状態の中で、です。コンピュータのように瞬時に最適な意思決定をすることなどできません。この意思決定に要する時間(=人的要因)を考慮してシミュレーションをした場合、ラガーディア空港に戻ろうとしていた場合は墜落をするという結果になっていました。

これはまさに組織論の大家ハーバート・A・サイモンが「限定された合理性(bounded rationality)」と呼んだものに他ならないでしょう。人間の知的能力には神経生理学的な制約があり、直面する問題の複雑性と比較して限界があるのです。

作中、トム・ハンクス演じるサレンバーガー機長は「我々に指示はなかった。『航空史に例のない低高度で両エンジンが停止する。そのときは左旋回し、ラガーディアへ引き返せ。日常の出来事のように。』我々はそのような訓練は受けていない。誰一人。」と言います。

飛行機を操縦するのが限定された合理性を持つ人間であるならば、マニュアルを作成したり、研修プログラムを組むのもまた限定された合理性を持つ人間。起こりうる全ての問題を予測し、事前に対策を講じることなどできません。

だからこそ、この不時着水は奇跡と呼ぶに相応しいものなのでしょう。そして組織に生きる我々は、そのような人間の合理性を限界を意識し、複雑性に対処していかねばならないのだと思います。