夏季休暇中に読んだ本

ありがたいことに今年の夏休みは9連休でした。

とはいってもコロナ禍でもありますし、どこかへ遊びに行って経済を回すでもなく、stay homeであえてMBAとは違う世界の本も積極的に読んでみました。どんな本を読んだのか、紹介していきます。

■「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(著)マイケル・サンデル

 熱血教室で有名なサンデル教授の新刊です。本書の中でサンデル教授は能力主義に疑問を投げかけます。勉強をしていい大学を出て、官公庁や大企業に就職するのが、成功のキャリアパスになって久しいわけです。そしてどんなに貧しい境遇であっても、能力さえあれば、のし上がって豊かになれる、というのが能力主義です。

しかし実際には生まれや環境に能力は大きく左右されます。私自身があまり裕福とはいえない地域の公立中学出身ということもあり、これは非常によくわかります。家庭環境が芳しくなければ勉強に時間を割くこともなく、能力主義という前提ではあるものの、結果的に階級の再生産になってしまっているんですよね。

にも関わらず、能力主義という美名のもとに貧困は怠惰が原因と片付けられて、社会不満がたまっていくわけです。サンデル教授はこういった不満がトランプ現象を引き起こしたと喝破します。

いわゆる「エリート」な人たちにこそ読んでほしい一冊です。

 

■「Talent Wins 人材ファーストの企業戦略」(著)ラム・チャラン, ドミニク・バートン, デニス・ケアリー

 打って変わってMBA的な世界の本です。

ヒューマン・リソース・マネジメントの講義で先生に薦められたので読んでみました。本書では人事機能の重要性を財務と同じレベルまで高めることを提唱しています。金融資本と同じような厳格さで人的資本をマネジメントせよ、ということですね。

昨今ビジネス現場でも流行りの「CHRO」については、CEOとCFOと同列にまで引き上げ、「G3」として経営にコミットせよ、とされております。他にも主要な主張としては、トップ人材である「クリティカル2%」の確保や配置、そのためのデジタルツール、いわゆる「HRテクノロジー」の活用にまで言及されています。人事に携わっていたり、人的資源管理論に興味があれば読んでもいいと思います。

 

■「人新世の資本論」(著)斎藤幸平

 最近よくメディアでも見かける論客の著作です。「人新生」というのは何やら聞きなれないワードですが、

人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したと言い、それを「人新生」と名付けた。人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味である。 

 だそうです。タイトルに「資本論」とある通り、著者の斎藤氏はマルキストです。気候変動問題を引き合いに出しつつ、最先端のマルクス研究をわかりやすく解説し、資本主義から離れ、脱成長コミュニズムに移行しようと主張します。そして脱成長コミュニズムの柱として、

①使用価値経済への転換

②労働時間の短縮

③画一的な分業の廃止

④生産過程の民主化

⑤エッセンシャル・ワークの重視

を挙げています。経営学にとって、資本主義とは所与のシステムです。資本主義を否定するつもりは全くないのですが、資本主義の弊害が顕在化している今、経営学はどのように貢献できるのか?そんなことを考えてみても面白いかもしれません。

 

 ■「隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働」(著)ルドガー・ブレグマン

 タイトルにある通りベーシックインカム(BI)についての本ですね。BIの導入は相当ハードルが高いと思いますが、仮に実現したとすれば社会はどうなるんだろうか?そして自分はどうするだろうか?そんな思考実験をするのはとても楽しいです。

著者はBIの導入と労働時間の短縮を主張しています。いくつか引用します。

・フリーマネー(自由になるお金)は機能する。すでに研究によって、フリーマネーの支給が犯罪、小児死亡率、栄養失調、10代の妊娠、無断欠席の減少につながり、学校の成績の向上、経済成長、男女平等の改善をもたらすことがわかっている。

世論調査では、日本からアメリカまで、労働者は貴重な購買力をいくらか手放してでも余暇を得たいと考えていることが分かっている。様々な社会問題を解決する労働時間の短縮。政策としてお金を時間に換え、教育に投資し、退職制度を柔軟にして、徐々に労働時間を減らしていくことが必要だ。

・第二次機械化時代になり、AIとロボットが「中流」と呼ばれる人々の仕事を奪う。

・テクノロジーの恩恵を手放したくないのであれば、残る選択肢はただ一つ、再分配だ。金銭、時間、課税、そしてロボットも再分配する。ベーシックインカムと労働時間の短縮はその具体的な方法なのだ。

 

■「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学」(著)小熊英二

 人気社会学者である小熊英二氏の著作です。膨大な文献調査によって国際比較もしながら近代~現代の日本の雇用慣行がどのように成立したかを解き明かします。

直接的には経営学には関係ありませんが、日本の雇用慣行は人的資源管理論の分野と非常に密接に関わってきます。そういった意味で、人的資源管理論を学ぶ上では非常に有益な本かと思います。

本書で小熊氏は日本社会を「大企業型」「地元型」「残余型」の3つに分類しています。

「大企業型」とは大学を出て大企業や官庁に雇われ、「正社員・終身雇用」の人生をすごす人たちと、その家族である。「地元型」とは、地元から離れない生き方である。地元の中学や高校に行ったあと、職業に就く。その職業は、農業、自営業、地方公務員、建設業、地場産業など、その地方にあるものになる。

 

しかし現代の日本社会の問題は、「大企業型」と「地元型」の格差だけではない。より大きな問題は、長期雇用はされていないが、地域に足場があるわけでもない人々、いわば「残余型」が増えてきたことだ。都市部の非正規労働者は、いわばその象徴である。所得は低く、地域につながりもなく、高齢になっても持ち家がなく、年金は少ない。いわば、「大企業型」と「地元型」のマイナス面を集めたような累計である。 

 この類型は人材サービス業界で働く私としても非常に肚落ち感がありました。